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12月19日(月)
先々月のこのページで、私が今年いかに疫病神かを並べ立てたら、翌月の11月2日に大変な風邪を引いてしまいました。母の納骨を終えて帰京する新幹線の中でした。
しかも、11月9日を皮切りに、11月は何と舞台が九つも入っていました。
激しい咳と闘いながら、どうやってすべてこなしたのか、今思い出そうとしても浮かんできません。
成蹊小学校PTAの皆さん、本当にひどい声の私を温かく迎えて下さって有難うございました。




国際フォーラムでのミュージカル『赤毛のアン』は、四回公演中三回目で、ようやくちゃんと声が出たような気がします。
子役の子ども達や大人のアン、ギルバートまで、皆さんと本当に楽しく過ごせた舞台でした。
一回、自分のソロの場面が終って舞台転換になって、次の学校の教室のシーンで、真っ暗な中上手く引っ込むことが出来ず、教室に残ってしまったことがありました。
みんなに笑われました。しくしく・・・。




小林研一郎マエストロと一緒に東北の被災地を回ったツアーでは、改めて人々の蒙った苦しみに触れると共に、その中でもみんなが美しい音楽に癒され、必死で音楽を続けていることに強く励まされる思いがいたしました。
校舎を流されてしまい、よその高校で練習を続けた高校生達みんな、これからも頑張って音楽を続けてね!!
 
来年は素晴しい年になりますよう、祈り続けます。
私たち『真夏に第九を歌う会』の年明け早々のガラ・コンサートも、素敵なプログラムになっています。
どうぞ聴きに来てください。
収益をすべて、被災地の子供たちへの教育支援に寄付いたします。
 
ところで、先々月からの急性外耳道炎がまだ続いています。
咳も続いています。

 
10月25日(火)
今年の私は、間違いなく疫病神だと確信しています。
 
まず、初めて演出させていただいたオペラの上演が、三月十二日、十三日、あの震災の翌日でした。
勿論客席はがらがらです。
演出家は長い期間稽古場に通うのですが、本番が終ったら大好きな温泉にでも浸かりに行こうと予約してあった温泉が、何と東北の温泉でした。
 
六月からのプーシキン美術館展のために久々の劇画「三つの都の物語」を書いていたら、福島原発の影響でロシアから絵が届かないことになり展覧会は延期、八月には体調を崩して『真夏に第九を歌う会』のサントリーホールでの定期演奏会でのソプラノソロをキャンセルしました。

チャリティ贈呈式

急遽私に代わって若いソプラノさんが歌ってくださいました。
十月に行こうと予定していた十津川村が、九月の台風で大きな被害を受けました。
がっかりしているというメッセージを前回書いてすぐに、毎年開かれている渋谷アーツサロン声楽教室の発表会がありましたが、この日は何と台風が東京を直撃したど真ん中の日でした。客席にはたった三人のお客様でしたが、そのせいかどうか、生徒の皆さんはいつにも増してリラックスして上手に歌っていらしたように思いました。

台風のせいで、客席にはお客様が何とたった三人でした。

舞台袖でいつものようにアナウンサー

それでも打ち上げは賑やかに。
発表会が終るとすぐに、いつもご一緒にコンサートをしていただいていた方が急性白血病となり、予定されていたコンサートが一気にキャンセルになりました。
驚いて呆然としているうちに、なんと私の母が急逝し、何が何だか現実感がさっぱり湧かないままでいるところへ、乗っていたタクシーの前でバイクが急ブレーキをかけ、ちょっとした怪我をしてしまいました。
大した怪我ではなく胸をなでおろしたところで、急性外耳道炎にかかり、病院通いの日々です。
 
周りの皆さんには「私は今年疫病神だからあまり近寄らない方がいいよ」と申し上げております。
 
でも、改めて振り返ってみたら色々といい事も随分ありました。

このパーティにでて久々にわくわく楽しくしていた夜に、母が亡くなりました。

大関昇進を確定して嬉しそうな琴奨菊関と。

同時に関取昇進を決めた琴勇輝関。
禍福はあざなえる縄の如しといいますが、本当にその言葉を実感させられました。

来月からは小林研一郎マエストロと仲間オケの皆さんと、北上、青森、郡山と、被災地の皆さんの前で演奏させていただけます。少しでも皆さんの心を癒せる歌が歌えたら嬉しいです。

 
9月21日(水)
なかなか厳しい残暑、それに豪雨と、こんな小さな日本列島を自然の猛威が襲いますね。
気分的にかなり疲れ果ててしまいます。
実は、十一月に私の亡き父の故郷・奈良県にある菩提寺での講演の前後に、十津川村に行こうと計画していたのですが、美しい村も今豪雨の被害に遭っています。
毎日ニュースを見るのが辛いです。
 
体調を壊してずっと飲み続けていたお薬には、なかなか厳しい副作用があって、だるさ、頭痛、吐き気、腹痛、不眠と、「こんなのなら飲まないほうがマシ!!」と叫びたくなるようなものですが、それを上回る痛さには勝つことが出来ません。
猛暑を逃れて、ほとんど半分意地になって、八ヶ岳にある別荘に10日間ほど避難しました。
向こうで少し持ち直し、お薬からも離れられたと思っていたのに、東京に戻ってきた途端に、ふたたび症状が悪化して、元の木阿弥となりました。
でも滞在中には、親しい友人や若い友人達が入替わり泊まりに来てくれて、また時折出現する猪の子供や鹿、それに狐などの姿に心癒される日々でした。

高校一年生のときからの親友と。うちには彼女の部屋もあるんです。

ものすごい眺望と高さを誇る八ヶ岳高原大橋、別名「ちびり橋」。私の弟の命名です。

いつも私の舞台でピアノ伴奏をして下さっている
上原豪さんと奥様でヴァイオリニストの光さんも合流。
みんなで清春白樺美術館に行きました。
後ろに見えているのは、こう見えてお茶室です。
別に上原君が支えているわけではありません。

先日、浜離宮朝日ホールのオペラ「リゴレット」でヒロイン・ジルダを歌ってくださった
伊達みずきさんと、ご主人のマルコさん、通称マルちゃん。

大・中・小・・・バリトンの村田さんがいる時だけ、
猪とか鹿、狐などが姿を見せます。どうして。
今週は渋谷アーツサロン声楽教室の発表会があります。
入場無料ですので、お時間のある方はふらりと立ち寄ってみてくださいね。
今年はゲストに、リゴレットでジルダをやって下さった伊達みずきさんも出演です。

 
8月26日(金)
今日はすごい雨と、雷です。
バンバン落ちまくっています。

8月20日のサントリーホールでの『レクイエムの夕べ』、既にご存じの方も多いと思いますが、私は病気のため急遽出演をキャンセルしてしまいました。
前日に代役を打診されたソプラノさんが、頑張って代わりを務めて下さったそうです。
舞台のキャンセルなんて、生まれて初めてのことで、体調の管理も含めてのプロなのだな・・・と、改めて再認識しました。
お薬を飲みながらまだ寝たり起きたりして、その合間にエッセイなどを仕上げるという日々です。
予定していた遅めの夏季休暇も先送りになってしまいました。
もちろん、断固とりますけどね。

8月2日、都内のさるイタリアレストランで、ちょっと変わった会合が開かれました。
イタリアから帰任された大使と参事官の方のお帰りなさい会です。
昨年は2回もイタリアでのマンガ・フェスに招いていただき音楽会も開いていただきましたが、その時に在伊日本大使館には本当にお世話になりました。
昨年のローマにゆかりのある人々が集ってのウェルカムバック・パーティでした。
お知り合いの「Ks'Table」が、特別に貸切にして下さいました。

K'sTableのある通りにて、指揮者の西本さんと。
「こんな商店街を一緒に歩くなんて、何か面白いね」と記念写真を撮りました。
あと暫くは治療と療養にかかるでしょうが、寝ている間にすっかり背筋と足の筋肉が落ちてしまいました。
家の中を歩くだけでもそれを実感します。
もう若くないのだから寝込むのは命取りですね。

 
7月15日(金)
 
電力不足だというのに、人間を嘲笑うかのような暑い日が
続いていますね。
皆さんお変わりないですか?
熱中症には十分に気をつけてくださいね。
 
暑い夏の恒例のイベント、『備後福山、真夏の第九』に、今年も東京からみんなで第九を歌いに出かけました。
主催側の専光寺・藤井文子さんが、昨年同様に温かく細やかなおもてなしで迎えて下さり、ひと時を存分に楽しませていただきました。
地元福山だけでなく、岡山などからも大勢の方が歌いにいらしていて、また、今年は90人に上る小学生達の一生懸命な歌も加わりました。
親しいお友達も出来て、ますますこのイベントが楽しみになってきている『真夏に第九を歌う会』合唱団員達です。
 
第二部のガラコンサートでは、私は『トスカ』から「歌に生き、愛に生き」と『カッチーニのアヴェ・マリア』を歌いました。
藤井さんの円熟のシャンソンや、秋川さんの『千の風になって』など、バラエティ豊かで楽しいガラでした。
 
来年は七月七日、七夕の日の開催になるそうです。

本番前日、音楽寺として有名な専光寺でのリハーサルを終えて。

リハーサル終了後、秋川さんもご一緒におばんざい木村でのお食事。

第二部で。村田さんと『カッチーニのアヴェマリア』のデュエット。

打ち上げです

なんと!!イケメンたちからの熱いキスを受けて人生最後の花道!!
右から世界的ピアニスト・江口玲先生、名古屋音大教授の名バリトン・澤脇達晴先生、
若き俊英のマエストロ・高谷光信さん、バリトン・村田孝高さん

真夏の第九合唱団だけで二次会を。
このあと明け方までカラオケに行ったつわものもいました。
今年は開催が中止となりましたが、再開催に向けて、プーシキン美術館展のために劇画『三つの都の物語』を描いています。
これを終えたら、いよいよサントリーホールにおける私たち『真夏に第九を歌う会』の第七回定期演奏会のために、私はソリストとして、そしてプログラム編集委員として、フル稼働に入ります。
もちろんチケット販売にも。
皆さん是非夏のひと時、『レクイエムの夕べ』にお越しくださいね。



 
6月16日(木)
 
少しだけ気持ちのいい晴れた日が続いています。
この頃足や股関節が悪くなってきたので、夜散歩をしています。
東京の街も、震災以降随分暗くなりました。それでも、まだ明かりのついている店もあったり、また緑の多いところに住んでいるので、とても気持ちがいいです。
 
5月28日の浜離宮でのオペラ『リゴレット』も無事に終わり、後片付けや支払いも一段落したところです。
今年は本当にいい出来で、客席に来てくださった中村福助さんも絶賛してくださいました。
主役のリゴレット・村田孝高さんは勿論のこと、イタリアから帰国してジルダという大役に挑んだ伊達みずきさんも、本当に魂をこめて歌い演じてくださいました。
一日で終えるのがもったいないような舞台となりました。
少し長くなりますが、写真とキャプションでお楽しみください。

写真・高井 賢
 
写真 その1
 
写真 その2
 
写真 その3
また当日は、東日本大震災被災地への復興支援のためのチャリティとして、オスカルやアントワネットの直筆イラスト入り色紙を置きましたが、合計で31万円の売り上げがありました。
このお金は、8月20日サントリーホールでの『レクイエムの夕べ』の際に、チャリティ寄付金としてお渡しさせていただきます。有難うございました。


 
5月13日(金)
 
少しずつ日常生活を取り戻しつつあるとは言え、被災者ではない私たちの肩にも、じんわりと震災などの疲れが溜まってきていると感じるこの頃、被災地の皆さんの疲れはいかほどかと胸が痛くなります。
仕事場の片づけにも取りかかる気になれず、ストップした仕事にも
手をつける気になれなくて困っている私です。
「頑張らなくては」という思いが少し辛いこの頃です。
 
4月2日
浜松町のイタリアン・レストラン『サン・ミケーレ』における恒例の
「七色唐辛子プラス一味唐辛子の会」のコンサート&お食事会」に、
こんな時期なのに前の年を上回る出席者があり、本当に有難い事と
励まされました。
リゴレット役の村田孝高さん、広島から参加のマントヴァ公爵役の三木貴徳さん、それに、イタリアからの帰国が間に合わなかったジルダ役の伊達みずきさんに代わって、今西仁美さんが素敵な歌を歌ってくださいました。








4月8日から10日
香川県丸亀市におけるバリトン村田孝高さんのオペラ・コンサートは、
チケットが完売御礼となり、共演の私や上原ご夫妻にもとても嬉しい
コンサートでした。
故郷にプチ錦(?)を飾った村田さんは、高校時代の恩師たちから
成長振りを褒められ、嬉しそうでした。
東京からは「渋谷アーツサロン平家物語講座」の面々が同行し、
講師である私の弟も一緒に、平家物語ゆかりの地を巡り、讃岐うどんや美しい花々を楽しみました。








5月28日の浜離宮朝日ホールのオペラ『リゴレット』の上演に向けて、
稽古も最後の追い込み体制です。
私も字幕原稿や小道具集め、衣裳の確認、それにチャリティー用の
色紙描きなどに追われています。
まだ少々チケットもありますので、当日でも予定が空いた方は是非足を運んでください。


 
4月28日(木)
関東・東北地方を襲った未曾有の災害は、被災者の方々のみならず、直接の被災をまぬかれた人々の心にも、かつてない深い傷を残しました。
どのように振舞ったらいいのか、こんなことをしていていいのか、自分に何が出来るのか、多くの人たちが打ち続く余震や原発の放射線の影に怯えながら、日常の生活を取り戻せずに打ちひしがれました。
仲間だった人々の間にさえ、深い亀裂が入ったままです。
何故無事に生き残った者たちの間にさえこんな諍いや恨みつらみ、亀裂が生じるのか、そのことに私自身深く傷ついています。
でもその一方で、何とか力を合わせてひとつにならなければ、このまま日本が沈んでしまうとの危機感が、大きな連帯感も生みました。
これからこそが大切な日々です。
被災を免れた者には、なさねばならない大きな務めがあると思うのです。
 
花を愛でることにも、スポーツ観戦をすることにも、音楽会に行くことにも、まして歌の練習をすることにさえ、いつも「そんなことをしている場合か」「非常識だ」「自粛すべきだ」という声が背中から聞こえ、暗い顔をして過ごさねばならなかったこの一ヶ月半でしたが、そういったことを声高に言った人たちが、今平気な顔をして歌の練習に参加し、ディズニーランドに行き、スポーツ観戦にも行くというような現状に、私はいっそう傷ついています。
災害というのは、別な意味でも人々の心を傷つけるものなのですね。
 
あの日、3月11日、私は初めてのオペラ『フォルテュニオ』の演出の仕事でゲネプロを迎えていました。
激しい揺れでぐしゃぐしゃになった仕事場を省みる余裕もなく劇場に駆けつけると、案の定、せっかくセッティングが終った舞台も客席も上から落ちてきた色々なもので足を踏み入れることは出来ず、その日のゲネプロは中止。
出演者の中にはずっと電車の中に閉じ込められたままの人もいて、翌日と翌々日に控えた本番も危ぶまれるような状況でした。
幸い劇場側の厳重なチェックののちにオーケーの許可が下りたのですが、それでもぎりぎりまで主催者とともに、上演すべきかどうかとの決断を下すのに苦しみ続けました。
結果として12日、13日ともに上演することが出来たのですが、あの日だったから出来たことであって、それ以降だったら、「自粛」の嵐の中でとても上演は難しかったでしょう。
交通機関がマヒ状態の都内で、わざわざ長い時間を歩いて劇場まで来てくださったお客様もあり、本当に人の心の温かさと共に『フォルテュニオ』という舞台自体がまさに名前どおりフォーテュン(幸運)をもっていたのだと実感せずにはいられませんでした。
あれ以降は「幸いにも」とか「幸運にも」などという言葉を使っただけで「不謹慎だ」と怒り狂う人たちの、言葉狩りの中で時間を過ごさねばなりませんでしたが、全ての場面で、私は文化のもつ力、音楽の持つ力の大きさを再認識せずにいられません。
 
勿論中止になった仕事、延期になった仕事もあったのですが、ようやく私の周囲は冷静さを取り戻し日常を取り戻しつつあるような感じがしてきました。
 
3月27日、当然中止だろうと思っていた、京都国際マンガミュージアムでの講演が予定通り行われたことは、本当に大きな力と勇気を私に与えてくれました。
いつもなら大変な数の外国人観光客が押し寄せる時期の京都に彼らの姿はなく、心寂しい街のたたずまいでしたが、それでも会場には入りきれないほどの聴衆が詰めかけ、熱い雰囲気に包まれた中での講演会でした。
あの日来て下さった皆さん、本当に有難う!!






また少しずつこのページにも、写真と共にメッセージをアップして行きますね。
楽しみにお待ちください。

 
このたびの大地震では、信じ難い被害が広がっております。
被害に遭われた皆様、またそのご家族は毎日本当に辛い思いを
されていることと心を痛めております。
どうか希望を失わず、強い気持ちを持ち続けて下さい。
心よりお見舞いを申し上げますとともに、私たちにできることを
見つけて応援していく積りでおります。
 
     
池田理代子プロダクション一同
 
2月25日(金)
漸く寒さも緩んできたと感じられる今日この頃です。
フランスでも、今はびっくりするほど温かくなったとの便りを頂きましたが、私がアングレーム国際マンガ祭で滞在していた間は、連日氷点下の寒さでした。
それでも元気に日程をこなし、ヴェルサイユ宮殿マリー・アントワネットの小劇場でのコンサートも無事に終えたあたりから、咳き込み始め、パリの日本文化会館での講演は熱を押して何とか終えるという有様で、帰国後も長い間咳と熱に苦しめられました。
でも、日本から来てくれたお友達とも無事に合流でき、滅多に訪れることのないアングレームという古い町を訪ねたり、月曜日というヴェルサイユ宮の休館日に我々だけで中を見学させていただいたり、一般公開されていない劇場でコンサートを聴いたりと、みんな大喜びでした。

お友達がパリへ到着した日は、共演の村田さんの誕生日でした。一緒にお祝いを。


開演前のひととき


開幕前の客席から


この舞台に、アントワネットも立ちました。


日本の歌のデュエット


演奏を終えて、花束を頂きました。
「あなたがばらの花なので、この花束にはばらは入れませんでした」と
嬉しいお言葉を添えて。


皆様有難うございました。すべてに感謝です。


休日のヴェルサイユ宮殿を、アイアゴン元文化大臣の案内で贅沢に視察。


終演後のレセプションでみんなと記念撮影


終演後のレセプションパーティでの取材


パリの日本文化会館でのトーク
帰国直後から、風邪を押して、私がはじめて演出家としてデビューさせていただくフランスオペラ『フォルテュニオ』の稽古場に入りました。
若手からベテランまでの大勢の歌い手達に動きをつけるのは、本当に楽しくやりがいのある仕事です。
ファンタジーとちょっぴりの可笑しさと、愛の感動に満ちたこの『フォルテュニオ』、なんと言っても音楽の素晴らしさに、きっと皆さんにはご満足いただける作品だと思います。
作曲者のメサジェは、日本ではなじみの薄い名前ですが、フランスでは大勢の人が知っていました。
とにかく音楽だけで十分に楽しんでいただけますが、舞台の仕上がりにもきっと堪能していただけるでしょう。







 
1月7日(金)
明けましておめでとうございます!!
東京は晴天の素晴らしい新年でした。
昨年から新年にかけては、沢山の原稿を抱えていて、何処へも行けず閉じこもっていましたが、元旦だけ、母のところへみんなが集まって一緒に御節を頂きました。
 
今月はいよいよ、フランス・アングレームでの国際漫画フェスティバルとヴェルサイユ宮殿マリー・アントワネットの小劇場でのコンサートのために渡仏いたします。
久しぶりとなるパリへはANAの直行便で行きます。ヨーロッパは歴史的な寒波。風邪を引かぬよう防寒対策をしっかりしていかねば。


もう昨年のことになってしまいましたが、いくつか写真が届きましたので、載せさせていただきます。
 
10/27(水)ルクセンブルク大公国のプリンス、ロベール殿下が主催されるワインのパーティにお招きいただき、素晴らしいワインの逸品とお料理を味わってきました。
といってもほとんど飲めない私は、ちびちびと何口かずつ味わっただけでしたが。
中に私の生まれ年と同じ1947年ものヴィンテージワインがあって、私の年齢と同じ歳月を素晴らしい状態で保存されてきたことに感動!
とても奥深い複雑な味わいでした。


何と会場でばったり指揮者の西本さんや旧知の野中ともよさんと出会ってびっくり。


主催者のロベール殿下と、一緒に招待された村田さんと共に記念撮影。
11/15(月)二十五年来の友人である実業家の奥谷禮子が、TSUTAYAの増田宗昭社長と一緒に還暦祝いのパーティを開くことになり、「椿姫の『乾杯の歌』歌ってよ!」の命令に従いお祝いに駆けつけました。
長野県飯田市のコンサートの翌日で、宿から直接都内のホテルに駆けつけるというスリリングな日程でした。


小泉元総理と。


お祝いに『椿姫』の乾杯の歌を歌いました。


還暦を迎えた奥谷と増田さんを囲んで。
12/8(水)渋谷パルコ劇場でのささきいさおさんとの朗読劇『Love Letters』に沢山のご来場を有難うございました。
会場には松本零士先生からの素晴らしいばらのスタンドが届いていて、また終演後先生と本当に久しぶりでお話できて、とても感激でした。


今年も、浜離宮朝日ホールでのオペラ『リゴレット』とサントリーホールでのマエストロ・コバケンとの真夏に第九を歌う会のチャリティ・コンサートという二本の大きな柱に加え、さまざまな場所で皆さんとお目にかかれることを楽しみにしています。
唐辛子の会会員の皆様には、4月2日(土)浜松町のレストラン「サン・ミケーレ」でのお食事会にてお目にかかりましょう。
今年は、バリトンの村田孝高さんに加え、イタリアからソプラノ伊達みずきさん、広島から「貴公子」三木貴徳さんが出演してくださいます。